6月25日(火)「学生チャペル」

投稿日:2024.07.01  チャペル・アワー

聖書『新約聖書、ルカによる福音書12章12節』【言うべきことは、聖霊がその時に教えてくださる。】

本日は今年度初めての「学生チャペル」でした。聖歌隊の皆さんとともに、司式、奏楽、奨励、祈祷などチャペルのほとんど全ての役割を学生代表が担当してくださいました。テーマを定めてお願いしたわけではなかったのですが、お二人ともが、それぞれに「隣人愛」を考える内容となりました。有意義で素敵なチャペルになりました。

【子ども食堂について】
 キャリアデザイン学科2年生の岡田茉莉さんは、ボランティアとして参加した子ども食堂の取り組みについて語りました。岡田さんのアルバイト先企業は、子どもの貧困に着目していて、さまざまな支援をしていたそうです。それで気になって調べてみると、群馬県内だけでも74もの施設が運営を手がけていることを知りました。さらに調べを続けると、どこの施設も似たような取り組みでありながら、開催頻度やその内容などに独自の特徴があり、それぞれの場所でさまざまな取り組みが行われていることを知りました。岡田さんは、調べれば調べるほど、実際に体験をしてみたくなり、応募するにいたりました。
 すると、体験したからこそ分かるさまざまな社会課題や、そうしたことを克服しようとする多くの人達の働きを知りました。しかし、こうした活動にも地域によってばらつきがありました。近くに子ども食堂のない自治体も多いのです。また、支援先からいただいたものは、できるだけ有効に、多くの方々にお渡しするなどの使命も発生するのです。参加した施設では、栄養士の指導の下で栄養バランスまで考えたメニューを整えて実施していました。しかも、ボランティアの方々に支えられて運営されていますので、基本的には無償での奉仕活動なのです。
 岡田さんは、こうした状況について以下のように語りました。「もしも全ての子どもに居場所が確保され、満足に食事が出来るのなら『子ども食堂』は、無くても大丈夫です。しかし、現代の日本においても、充分に食事をすることのできない人たちは実際に存在しています。目の前に困っている人がいて、その人達に食べ物を差し上げる行為は、まさに聖書の中に書かれた「隣人愛」なのだと思います。こうした活動は、少しずつ知られるようになってはきています。しかし、近隣で見つけられない人たちもいますし、そもそも、こうした施設の存在を知らない人もいます。少しでも多くの人がこうした活動を知り、興味を持って語るだけでも情報は広がります、そうすれば苦しむ人たちを減らせる可能性があります。私は、運良く今回チャペルで話す機会を得ました。一人でも多くの人に、この話しを伝えたいと思います、そして多くの人が興味関心を持って取り組むきっかけになれたらうれしいです」
 ご自身の体験を通しての気づきから、問題解決に取り組もうとするみずみずしい感性を感じさせるお話しでした。

【人は目に映ることを見るが、主は心によって見る】
 コミュニティ子ども学科1年生の黒﨑将吾さんは、まず始めに題名となった聖句、旧約聖書サムエル記上 16章7節を読んでから「非認知能力」の重要性について語りました。実は黒﨑さんは、救世軍に所属しているクリスチャンです。救世軍はキリスト教プロテスタントの一派です。世界のさまざまな国や地域で、伝道活動、社会福祉事業、教育事業、医療事業を展開しています。英語ではThe Salvation Armyという呼び名で、軍隊式の規律に基づく組織が特徴です。クリスマスから年末にかけて行われる「社会鍋」という募金活動で広く知られています。当日は、救世軍の制服を着用して奨励に臨みました。
 フランスの文学者、サン・テグジュペリの名作『星の王子さま』の中に、【ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばん大切なことは、目に見えない。】という一説があります。昨今、『非認知能力』の重要性が語られることが多くなっています。非認知能力とは、学力検査などで判定することが難しい能力と言われ、自己肯定感やモチベーション、協調性や思いやりなどを指します。人は誰でも自分一人だけで生きているわけではありません。地域社会で共に生活する際に、他者を思いやる気持ちや、相手の立場を考えたコミュニケーションは極めて重要です。しかし、このような「他者を思いやる気持ち」や「相手の気持ちや考え」は、目で見ることは出来ません。まさに「たいせつなことは、目に見えない」のです。
 黒﨑さんは、最後にこう語りました。「キリスト教を建学の精神としている新島学園短大には、『目に見えない大切なもの』と出会うきっかけは多くあります。キリスト教の『神様』は目で見ることは出来ませんが、間違いなく存在している大切なものです。新島襄は【人ひとりは大切なり】ということを教育の礎としていました。新島短大で学ぶ私たちは、学生の時に、こうしたキリスト教主義に基づいた人間観で他者と接することを体験することができるのです。これから関わる人物と接する時には、地位や肩書き、見た目だけに頼ること無く、ひとり一人の皆さんの人格そのものに触れた交わりを構築できることが重要なのだと思います。新島短大で学ぶ学生ひとり一人が、『目に見えない大切なもの』、その代表例としての『神様の存在』、に出会えることを祈ります」
 黒﨑さんは社会人の経験もあります。ご自身の今までの学びや、さまざまな経験が、新短での新たな学びに調和してさらに深まっていることを感じさせるお話しでした。